2007年12月10日月曜日

たこ焼き

最近毎日たこ焼きを食べている。

たこ焼きが大好きだ。
と言ってもひとりで毎日たこ焼きを買いに行くほど
俺がアクティブではないのは皆様ご承知のとおりです。

前にも話題に出た
懇意にさせていただいている先生がやっぱりタコ焼きが好きで
よく一緒に買いに行ってます。
車があるっていうのはいいね。

俺が車を出すというと
みんな遠慮するけど(俺の危険運転が怖いのかもしれないが…)
俺は結構楽しい。
出かけるのはさほど嫌いじゃないけど、ひとりで出かけないから
誰かに連れ出してほしいっていうのもあるしね。
自分に足がない時に
車を出してもらえるっていうのはかなり助かる。
それは俺がよく森君をはじめみんなに
車で送ってもらったりしたときにすごく思ってた。
確かに申し訳ないという気持ちもあるけど
それ以上に本当に助かる。
そんな風に自分が受けた恩を還元したい。
まぁ、本来ならその恩を受けた本人に返すべきなのだろうが(笑)

それに俺は自分が誰かに必要とされているという感情に飢えているらしい。

遠慮なんてしないで
「たこ焼き買いに行く?」

っと聞いてくれるのはうれしい。
変に気を使ってどこにも誘ってくれなくなるのは悲しいだろ?
そんな俺を見ると

お人好し

に見えるらしい。

誘われると断れない…。的な。

でもやっぱりそれは違う気がする。
だって断る理由がないのだから。
自分が望んでることなんだから。


って
わけで毎日たこ焼きを食べてます。

タコ焼きってさひとりで食べてもたぶんうまくないんだろうな?
寒い中買いに行って何人かでわけながら食べるっていう
その環境が毎日のたこ焼きを何段階もうまくしてる気がする。

そして、
最近やたらと感動話みたいなタッチの日記を書いてる自分に疑問。

話は変わるが
その先生と元クラスメイトとの会話で出てきた
「マブダチ」
とについて。

ちなみに事前に説明しておくと
元クラスメイトは三十代主婦で同じ編入生で今は大学院生。
その先生はその元クラスメイトの研究室の担当教員。

で、
まぁその元クラスメイトは年齢は結構上なんだけど
その方がプログラムとかがわからなかった頃に助言したりっていう
関係で割と仲がいい(と、思っている。)
とはいえ人生の先輩を捕まえて「友達」というのも変な話ではある。
二人の関係は?
といわれて正確に表現できる言葉は見つからない。
一方、その先生はすぐに
「マブダチ」
と、いう表現を使う。
たぶん言いたいだけなんじゃないかと思うぐらいに使う。
で、
当然、そんな俺と元クラスメイトも
「二人はマブダチ?」
って聞くわけ。
当然のように
「マブダチではない」
と、いう結論に至るわけだが
あまりにはっきりと否定されるといい気がしないのも確か。

そんな話をしてるうちに
そもそも
「マブダチ」
とは何かという議題に発展。
ちなみに
案1「気を使ったり意識をしなくても自然と自分を分かってくれる(理解してくれる)人」
案2「互いを理解しようとし、互いのためによくわかんないけど尽くせる
   っていうか、少なくても互いが自然とそういう関係であると認識している。」
案3「どうでもいい」

案1から元クラスメイト,2は俺,3は先生。
先生は議論の途中で興味がなくなって本を読みだしたので論外。
1は確かに理想だけど無理があると思う。
だから妥協するってわけじゃないけど
互いに自然と仲良くできればそれでいいと思う。
だってさ、
俺と1048とかナオヤとかコンドーとかN光とか
S山とかえだっくとかマロンとか…
(まぁ全員はあげられないからご勘弁を)
みんな趣味とか考え方とか全然違うけどさ
一緒に遊びいったりして楽しく過ごせるじゃん。
それでいいと思う。
結局のところ
「私(俺)たちはマブダチではない」
っていう
「そりゃそうだ。」
っていう結論に落ち着いたんだけどね。
でも、話してたりなんか一緒にいて楽しいという意味では
さっきの定義から外れてはいないか?
でも、学校がなかったら合わんしな。
「今日遊びに行こう~!」
とは言えんもんな。
そう言われると
たまたま同じ学校で
研究室が近くて
授業もかぶるから
よく話すだけ。
と、言えなくもない。

むずかしいなぁ~。

別に友達だろうが
知り合いだろが
先輩だろうが
後輩だろうが
マブダチだろうが
一緒にいて
面白おかしくいられたら
それでいいとは思うけどね。

で、
こんな長々と書いた揚句に3つ目の話題に行くけど
来年ね。
厄年なんだってね。
ナオヤ。
なんかあったのか?
そういうわけじゃないか?
まぁ確かに厄は払ったほうがいいかもね。
時間があったらみんなで行こう!
と、言うわけで
そろそろ
年末年始のイベントがいろいろあることを楽しみにしています。

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