2007年9月12日水曜日

とりあえず社会派ぶってみる。

安倍首相が辞任を表明したようです。

たまたま昼飯を食べに帰ったらニュースでやってた。
別に驚きはしなかった。

変な話、自分の国のトップが変わるっていうのに全く興味がわかなかった。
最近の若者的な無責任な発言かも知れないけど
「首相が変わって何が変わるの?」
っていうのが正直な思いではある。
そういうのにうんざりしている。
大臣だってころころ変わって…。

継続は力なり

って言う言葉は俺は結構好きだ。
ずっと続けていくことでそれが力になる。
俺も、そして多分多くのヒトは一瞬ですごい力を発揮できるわけではない。
そこらへん歩いていて、世紀の大発明とか思いつくような奴なんてそうはいない。
だからみんな継続するんだと思う。
継続って言うのは自分っていうものに
少しずつでもいいから力を積分していくって事じゃないだろうか?
地道に努力した、溜め込んだ力はいつか大きな力になるってことだと思う。
と、言うかそうであって欲しい。

何がいいたいかというと
大きな力を得るためにはそれなりに継続する必要もあるって言うこと。
最初から大きな力を発揮できる人間なんてそうはいない。
スタートがいまいちだからって
少し下降気味だからって
そんなわずかな間の変化で評価してやめてしまうことは残念だ。

確かに、
下降傾向が続いて痛手になる前に切り捨ててしまおうというのもわからなくも無い。
でも、それにしても早すぎる。

教育もそうだ。
ゆとり教育っていうのがちょっと前まであって
確か4年間だけだったかな?
そのゆとり教育を受けた奴らは駄目だというヒトもいるようだ。
まぁそういう人が多かったからゆとり教育やめたんだろうけど。
でもさ、
実際どうなのかね?
分かるのかな。そんな短期間でよかったかどうかなんて。
だってそうでしょ?
確かに、そのときだけのテストの点数とかを見たら下がったかもしれないけどさ
そもそも、あれ自体が
テストの点数を上げるためじゃなくて
違う目的で行われてたんだよ。

計算とか漢字ができるようになることよりも
子供の考える力とかを養うことが大切で
そのための”ゆとり”をもたせよう

っていうのがゆとり教育の目的だったわけ。
そういうのってテストでは評価しにくいよね。
考える力が養なわれたかどうかっていうのはさ
その子供達が成長してみないと分からないっていうのが正直なところじゃん。
そう考えると
テストの成績が下がった⇒ゆとり教育失敗⇒やめろ
っていう判断は間違いだと思うね。
そもそもテストの成績を上げるのが目的だったら
いくらでもそういう教育方針を打ち立てることはできるんだよ。

まぁゆとり教育を肯定するわけでも無いけど。
当然、ゆとり教育の結果が分かるまで
指をくわえて見てろって言うのも難しいしね。
後から
「失敗でした!」
って言われたときに何十年も経ってても痛いけどさ。

だとしても、
目先の結果にとらわれて
ほいほいと方針やらトップの首を挿げ替えるのはやっぱりおかしいと思う。

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